「ジャーナリングすれば”心が軽くなる”」それ、実は思い込みです。ー99%の人が知らない本当の心を軽くする方法とは-

このままじゃ
私、壊れちゃう

長時間残業・終わらない仕事
休日も、頭の片隅には
いつも仕事のこと

でも周りを見渡せば、
みんな普通にやってるように見える。

だから
「しんどい」「辞めたい」とも言えず、
自分だけが弱い人間なんじゃないかと思ったり。




もしその感覚が今、頭にあるならば
今すぐ捨ててください!

その考えでは

いつまでも
ありのままの本音の自分で
生きられません

そして今回…

自分の心を軽くしようと
日々ジャーナリングをしている
99%の人が勘違いしてる

衝撃的な事実を
緊急暴露します!

こんにちは。
ゆーです!

いつも私の配信を見てくださり、
本当にありがとうございます!

ちょこちょこ
自己紹介してきましたが

本日は改めて、
私自身の話をしながら
"どうしても伝えたい話"をさせてください。

私は現在22歳で
広告代理店でアルバイトで働きながら、
フリーランスという働き方を目指して活動しています。

(2026年1月時点)

私は、他人の目を気にして
自分の心に蓋をしてしまっている

自分の将来に対して
このままでいいのかと
漠然とした不安を抱えている

そんな方に向けて
自分らしく、本音で生きるための
情報発信をしています。

ここから長くなりますが、
少し前の私の話をさせてください。

長いので結論ご覧になりたい方はスルーいただいてOKです

夜、布団に入ったはずなのに、
全然眠れない。

目を閉じると、
頭の中が急にうるさくなる。

今日やりきれなかった仕事。
上司の一言。
明日の予定。

考えたくないのに、
勝手に思考が回り始める。

胸の奥が、
ぎゅっと締めつけられる感覚。

「また明日が来る」
そう思った瞬間、
息が浅くなった。

眠れない夜が、
だんだん当たり前になっていった。

朝起きるのがつらい。
会社に向かう電車の中で、
理由もなく気分が落ちる。

それでも、
ちゃんと出社する。

笑顔で挨拶する。
仕事をこなす。

外から見れば、
“普通の社会人”

でも、
自分の中だけが、
どんどん空っぽになっていく感覚がありました。

夜になると、
ついSNSを開いてしまう。

友達の投稿。
楽しそうな休日。
仕事が充実している様子。

それを見るたびに、
胸の奥がチクっと痛む。

「なんで私は、
 こんなふうに生きられないんだろう

比べるのをやめようと思っても、
気づいたらまた見ている。

そして、
また自分を責める。

本当は、
行きたくない飲み会もあった。

疲れているし、
正直、家で一人でいたかった。

でも、
断れなかった。

「断ったらどう思われるだろう」
「ノリが悪いって思われるかな」

そんなことばかり考えて、
自分の気持ちは
いつも後回し。

気づけば、
「どうしたいか」より
「どう思われるか」
行動を決めるようになっていた。

就活のときも、忘れられません。

面談で聞かれた、


「あなたのやりたいことは何ですか?」

その瞬間、
頭が真っ白になりました。

周りの就活生は、
当たり前のように夢を語っている。

なのに私は、
何ひとつ言葉が出てこない。

面談が終わったあと、
パソコン畳んで一人泣きました。

「やりたいことが分からない私は、ダメなんだ」
「中身が空っぽなんだ」

そうやって、
また自分を責めていました。

それでも私は、
「変わりたい」という気持ちだけは
ずっと手放せずにいました。

それなのに、
心のどこかでは
ずっと思っていた。

「このままじゃ、嫌だ」
「何かを変えたい」

でも同時に、
こうも思っていました。

「でも、何をどう変えたらいいか分からない」
「私には、特別な強みもないし」

変わりたいのに、
動けない。

動けない自分を見て、
また落ち込む。

その繰り返し。

そんな毎日の中で、
私が一番つらかったのは、

「自分が何に苦しんでいるのか
分からなかったこと」
でした。

仕事が嫌なのか。
自分が弱いだけなのか。
環境の問題なのか。

答えが出ないまま、
時間だけが過ぎていく。

それでも私は、
「自分と向き合えば、
何かが分かるはず」

そう信じていた。

だから、
ある行動を始めたのです。

ジャーナリングとの出会い

多くの人が、
「自分と向き合う必要性」を感じ始める時期。
私にとってそれは、
就職活動をしていた頃でした。

当時の私は、
「自分と向き合わなきゃいけない」
そんな焦りをずっと抱えていました。

自己分析。
価値観。
強み。

就活では、
当たり前のように求められる言葉たち。

でも、
どれも自分の中には
はっきりした答えがありませんでした。

そんなとき、
「紙に書き出すといいよ」
という言葉を、どこかで目にしました。

半信半疑でしたが、
とにかく何かしないと前に進めない。

そう思って、
ノートを一冊用意しました。

最初は、
うまく書こうとしていました。

それっぽい言葉。
前向きな表現。
就活に使えそうなフレーズ。

でも、
書いているうちに
どんどん手が止まる。

「本当は、何を書けばいいんだろう」

そう思った瞬間、
私はやっと、
正直な気持ちを書き始めました。

不安。
焦り。
周りと比べて落ち込む気持ち。

きれいな言葉じゃなくていい。
まとまっていなくていい。

頭の中に溜まっていた感情を、
そのまま紙の上に落とす。

そんな感覚でした。

書き終わったあと、
ふと気づいたんです。

「あれ、
 さっきより少し楽かも」

胸の奥にあった
重たい感じが、
ほんの少しだけ和らいでいました。

それが、
私とジャーナリングの最初の出会いでした。

そこから、
私は就活期間中、
ジャーナリングを実践するようになります。

不安になったとき。
気持ちがぐちゃぐちゃなとき。

ノートに書くと、
一時的に心が落ち着く。

だから私は、
こう思うようになっていました。

「私はちゃんと自分と向き合えている」
「自己理解できているはずだ」と。

そして就活が終わり、
私は社会人になりました。

ところが。

新卒で入った会社での生活は、
私が想像していた以上に
苦しいものでした。

長時間残業。
終わらない仕事。
常に張り詰めた空気

気づけばまた、
夜になると胸が苦しくなり、
布団に入っても眠れない日々。

そのとき、
私が再び手に取ったのが、
あのノートでした。

就活のときに使っていた、
ジャーナリングのノート。

「また書けば、
 少しは楽になるかもしれない」

そう思って、
私は社会人になってからも
ジャーナリングを再開しました。

実際、
書いた直後は楽になります。

頭の中が整理されて、
感情も落ち着く。

「よし、明日も頑張ろう」
そう思える日もありました。

でも――

布団に入って目を閉じると、
また同じ不安が戻ってくる。

明日の仕事のこと。
辞めたい気持ち。
でも辞められない現実。

その繰り返しでした。

そのとき、
私はまだ気づいていませんでした。

「楽になること」と
「前に進めること」は
まったく別だということに。

そしてこの違和感が、
はっきりと形になったのが、
就活中の“ある瞬間”でした。

「やりたいことは?」に答えられなかった日

「では最後に、
ゆーさんの“やりたいこと”を教えてください。」

その質問を聞いた瞬間、
頭の中が真っ白になりました。

就職活動の面談。
何度も練習してきたはずの場面。

これまで、
ノートにたくさん書いてきたはずでした。

不安な気持ち。
将来への焦り。
自分なりに向き合ってきた時間。

それなのに――
言葉が、何も出てこなかった。

沈黙が流れる。

頭の中では、
必死に答えを探しているのに、
何もつかめない。

「やりたいことって、何だっけ?」
「私は、何を大事にしたいんだっけ?」

そんな問いだけが、
空回りしていました。

その場では、
それっぽい言葉を並べて、
なんとかやり過ごしました。

でも、
面談が終わったあと。

パソコン畳んで、
一人で泣きました。

「ちゃんと向き合ってきたつもりだったのに」
「ノートにも、たくさん書いてきたのに」

どうして私は、
何も答えられなかったんだろう。

そのとき、
うっすらと気づいていたことがあります。

私はずっと、
“自分の言葉”で考えていなかったということ。

これまでの選択を振り返ると、
そこにはある共通点がありました。

「○○ちゃんがそうしているから」
「みんなが選んでいるから」
「それが正解っぽいから」

行動の基準は、
いつも“他人”でした。

進路も、
目標も、
憧れも。

自分の中から生まれたものではなく、
誰かを基準にして決めていた。

だから、


「あなたはどうしたい?」


と聞かれた瞬間、
答えられなかったんです。

今思えば、
あのときの私は、

  • ジャーナリングで感情は書いていた
  • でも、意思決定の軸は育っていなかった

そんな状態でした。

ノートの中には、
不安やモヤモヤはたくさんあった。

でも、
「私はどう生きたいのか」
「何を基準に選びたいのか」

そこまでは、
一度も掘れていなかった。

もし今、
あなたが同じように、

  • ノートには書いている
  • でも「やりたいこと」が言えない
  • 決断になると、手が止まる

そんな状態にいるなら。

それは、
あなたの努力が足りないからではありません。

ただ、
向き合う順番と視点が、
少しズレているだけ
です。

この違和感は、
就活が終わっても、
私の中に残り続けました。

そしてそれは、
社会人になってから、
もう一度、形を変えて現れることになります。

社会人になって、同じ苦しさが戻ってきた話

就職活動が終わり、
私は新卒で会社に入りました。

「ここからやっと、
 ちゃんとした人生が始まるんだ」

どこかで、
そう思っていたと思います。

でも、現実は違いました。

仕事は想像以上に忙しく、
毎日があっという間に過ぎていく。

長時間残業。
終わらない業務。
常に張りつめた空気。

気づけば、
心が休まる時間は
ほとんどなくなっていました。

最初は、
「慣れれば大丈夫」
「みんな通る道だから」

そう自分に言い聞かせていました。

周りを見れば、
同じように働いている人がたくさんいる。

誰も弱音を吐いていないように見える。

だから私は、
苦しい気持ちを
外に出すことができませんでした。

夜になると、
胸の奥がざわざわする。

布団に入っても、
目を閉じると
明日の仕事のことが浮かぶ。

「またあの業務か」
「また怒られるかもしれない」

そう思った瞬間、
胸がキュッと締めつけられる。

眠れない夜が、
また始まりました。

そのとき、
私が再び手に取ったのが、
ジャーナリングでした。

就活のときに使っていたノート。

「あれを書けば、
 少しは楽になるかもしれない」

そう思って、
社会人になってからも
私はノートを開きました。

その日のモヤモヤ。
仕事で感じた違和感。
言葉にできなかった感情。

思いつくままに、
紙に書き出す。

するとやっぱり、
書いた直後は少し楽になるんです。

頭が整理されて、
気持ちも落ち着く。

「よし、明日も頑張ろう」


そう思える日もありました。

でも――


それは、長く続きませんでした。

布団に入って目を閉じると、
また同じ不安が戻ってくる。

「本当にこのままでいいのかな」
「辞めたい気持ちは、甘えなのかな」

翌朝になれば、
また同じ苦しさの中に戻る。

その繰り返しでした。

ここで、
私はあることに気づき始めます。

どれだけ書いても、
どれだけ感情を吐き出しても、

「どう生きたいか」だけは
 何も変わっていない
ということに。

仕事が辛い理由も、
辞めたい理由も、
ノートにはたくさん書いてある。

でも、

「じゃあ、私はどうしたいの?」
「この先、何を選びたいの?」

その問いだけは、
いつも曖昧なままでした。

今思えば、


私はずっと
“その場をしのぐため”
ジャーナリングをしていたのだと思います。

楽になるため。
感情を落ち着かせるため。

でもそれは、
前に進むためのものではなかった。

このとき、
私はまだ気づいていませんでした。

「ジャーナリングが悪い」のではなく、


使い方と向き合い方が
決定的にズレていた
ということに。

そしてこの違和感は、
やがて、
一つの確信に変わっていきます。

ここで、
いきなり結論を言います。

あなたがこれまで、
どれだけノートに書いてきても。
どれだけ自分と向き合おうとしても。

人生が変わらなかったとしたら、
それは――

あなたの努力が足りなかったからではありません。

そして、
ジャーナリングが意味なかったからでもない。

本当の理由は、
もっとシンプルです。

「一人で向き合おうとしていたから」

ただ、それだけです。

ここまで読んで、
少し引っかかった人もいるかもしれません。

「でも、自分なりに向き合ってきた」
「ちゃんと考えてきたつもりだった」

そう思いますよね。

私も、まったく同じでした。

だから、
ここで一つ、
あなたに問いかけさせてください。

今まであなたがノートに書いてきたこと。
それは本当に、
“耳の痛い本音”でしたか?

それとも、


どこかで
「これくらいなら受け止められる」


そんな安全な言葉を選んでいませんでしたか?

人は、
無意識のうちに
自分を守ります。

傷つかないように。
壊れないように。

だから一人で考えると、


どうしても
“都合のいい答え”に
たどり着いてしまう。

私もそうでした。

「仕事が合わないだけ」
「今はしんどい時期なだけ」

そうやって言葉を選ぶことで、
本当の問いから
目をそらしていた。

ここで、
一つイメージしてみてください。

もしあなたが、
楽器を始めたとします。

完全に独学で、
誰にも見てもらわず、
「これで合ってるはず」と
自分の感覚だけで練習を続ける。

ある程度は、
弾けるようになるかもしれません。

でも、
どこかで必ず
伸び悩みます。

スポーツも同じです。

自己流で走り続けても、
フォームが間違っていたら
記録は伸びない。

むしろ、
体を痛めることさえあります。

自己理解も、まったく同じです。

自分の内側を深く掘る作業は、
想像以上に
クセと偏りだらけです。

一人でやればやるほど、
「考えているつもり」で
同じ場所をぐるぐる回る。

だから私は、
就活のときも、
社会人になってからも、

感情は整理できたのに、
人生の方向だけは
何一つ決められなかった。


ここまで来て、
ようやく分かりました。

私は、
“理解したつもり”に
なっていただけだった。

もし今、あなたが、

  • ノートには書いている
  • 感情は分かってきた
  • でも決断になると動けない

そんな状態にいるなら。

それは、
あなたが弱いからではありません。

一人でやるには、
難しすぎる領域に
足を踏み入れているだけです。


だからこそ、
ここから先に必要なのは、

・正解を押し付けない
・でも曖昧なままにしない
・あなたの思考のクセを
 その場で言語化してくれる存在

自己理解は、
“一人で完結させるもの”ではありません。

このことに気づけた瞬間、


私の中で
ようやく一つのピースが
はまりました。

そして、
ここまで読んでくれたあなたも、
もう薄々気づいているはずです。

「このまま一人で考え続けても、
 たぶん何も変わらない」


ここまで読んでくれたあなたへ

ここまで読んでくれたあなたは、
もう薄々、気づいていると思います。

「このままじゃ、何も変わらない」


でも同時に、
「一人で考えるのは、
 もう限界かもしれない」

そんな感覚が、
心のどこかにありませんか?

安心してください。
それは、あなたが弱いからではありません。

むしろ逆です。

ここまで悩み、
考え、
自分と向き合おうとしてきたからこそ、
出てくる感覚です。

自信がないから、
動けないわけじゃない。

行動力がないから、
決断できないわけでもない。

自己理解が、
まだ途中なだけ。

ただ、それだけです。

そしてもう一つ。


あなたの奥底には、
あなた一人では
気づけない“本音”が眠っています。

これは、
能力の問題でも、
性格の問題でもありません。

人は誰でも、
自分のことになると
どうしても甘くなったり、
逆に厳しくなりすぎたりする。

だから一人で考えるほど、
視野は狭くなっていきます。

もし今、あなたが、

  • ジャーナリングを続けているのに、前に進めない
  • 辞めたい気持ちはあるのに、決断できない
  • 「本当はどうしたいのか」が分からない

そんな状態にいるなら。

それは、
「間違っている」のではなく、
まだ“正しい順番”に出会っていないだけです。

ここまでの話は、
あなたを責めるためのものではありません。

「だから変われなかったんだ」
そう腑に落ちてもらうためのものです。

次の章では、
なぜ多くの人が
自己理解でつまずいてしまうのか。

・どこで間違えるのか
・何が抜け落ちているのか
・どうすれば抜け出せるのか

その原因と落とし穴を、
一つずつ言葉にしていきます。

「やっぱり私だけじゃなかったんだ」
「そこが原因だったのか

そう思えるはずです。

変わる準備は、
もう整っています。

ここまで読み切ったあなたは、
もう“スタート地点”に立っています。

次に進むかどうかを決めるのは、
私ではありません。

あなた自身です。

👉 第2章では、
「なぜうまくいかなかったのか」を
徹底的に解説します。

ここから先は、
“安心と納得”のフェーズです。

このまま、一緒に進みましょう!

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