周りの目を気にして、
本当の気持ちを後回しにしながら
頑張り続けても。
自分の人生は、前に進みません。
辞めたい気持ちをノートに書いて、
一瞬だけ心が軽くなる。
でも次の日には、また同じ場所。
それを繰り返しているなら、
原因はあなたじゃない。
この記事で、
なぜジャーナリングをしても
人生が変わらなかったのか
その理由をお話しします。

こんばんは、ゆーです。
前回は
「ジャーナリングをしているだけでは、人生は変わらない」
という、少し厳しい現実をお伝えしました。
もしかしたら、
読んでいてこんな気持ちになった方もいるかもしれません。
「じゃあ、今までやってきたことって意味なかったの?」
「書いても変われなかった私はダメだった?」
「もう何を信じたらいいか分からない…」
でも、実際には
こんな声もたくさん届いています。

「私だけじゃなかったんだと安心しました」
「だからモヤモヤが消えなかったのか、と腑に落ちました」
「ここで気づけて本当によかったです」
もし、あなたが今
少しでも「ドキッ」としたなら。
それは、
あなたがちゃんと向き合ってきた証拠です。
-_-明日の私へ、小さ.jpeg)
さて、今回お話しするテーマは、とてもシンプルです。
なぜ、
ジャーナリングを続けているのに、
人生は何も変わらなかったのか?
そして、
なぜ、
心が軽くなったはずなのに、
また同じ場所で苦しんでしまうのか?
その“本当の理由”を、
私自身の過去も交えながら、
正直にお話しします。

ちゃんと向き合ってるのに、苦しいまま…
少し、あなた自身のことを思い出してみてください。
・会社に行く前、
「今日も辞めたいな」と思いながら支度をする朝
・夜、布団に入ってから
頭の中がうるさくなって眠れない時間
・SNSを開いては
同年代の楽しそうな投稿と自分を比べて落ち込む
そんなとき、
あなたは逃げずに向き合ってきたはずです。

ノートを開いて、
自分の気持ちを書き出して。
「なんでこんなに辛いんだろう」
「本当はどうしたいんだろう」
ちゃんと考えてきた。

私も、まったく同じでした。
ジャーナリングに出会ったきっかけは、
本当に些細なことです。
ある日、
どうしようもなく苦しくなって、
紙に感情を書き殴った。
すると、不思議と
少しだけ気持ちが楽になった。
「これだ」と思いました。
そこから私は、
毎日のようにノートを書きました。
自分が何を考えているのか、
どんな感情を抱えているのか。
少しずつ分かるようになった気がした。

でも。
それでも、現実は何も変わらなかった。
「書いてるのに、答えられない」
就活の面接で、
必ず聞かれるあの質問。
「あなたは、何がやりたいですか?」
頭が真っ白になりました。
ノートには、
あんなに気持ちを書いていたのに。

「辞めたい」
「不安」
「怖い」
そんな言葉は浮かぶのに、
「私はこう生きたい」
という答えが、出てこなかった。
面談が終わったあと、
トイレで一人、泣いたのを覚えています。
「私、何も分かってないじゃん…」

社会人になってからも、同じでした。
新卒で入った会社が、
想像以上に辛かった。
毎日、心がすり減っていく感覚。
だから、またノートを開いた。
寝る前に、
モヤモヤを全部書き出す。
書いている間は、
少し落ち着く。
「今日もちゃんと向き合えた」
そう思って、布団に入る。

でも…
目を閉じた瞬間、
明日のことが頭に浮かんで、
胸がキュッとなる。
眠れない。
結局、
次の日も「辞めたい」と思いながら出社する。

ここで、ひとつ質問です
あなたは、こんな経験ありませんか?
・ノートを書いた直後はスッキリする
・でも、次の日にはまた同じモヤモヤ
・「私、何も変わってない…」と落ち込む
もし、少しでも当てはまるなら。
それは、
あなたの向き合い方が間違っていたからではありません。

いきなり結論を言います
ジャーナリングは、
人生を変えるものではありません。
もっと正確に言うと、
ジャーナリングは
「人生を変えるための答え」を
教えてくれるものではない。
これが、
多くの人が知らない、衝撃の事実です。

誤解しないでください!
ジャーナリングは、
悪いものではありません。
むしろ、とても大切です。
感情を吐き出し、
思考を整理し、
自分の状態に気づく。
これは、確かに効果があります。
でも、それはあくまで——
対処療法。

ジャーナリングは「薬」
たとえるなら、
ジャーナリングは「痛み止め」です。
今の苦しさを、
一時的に和らげてくれる。
でも、
・なぜその痛みが生まれたのか
・どう生きたいのか
・何を基準に選べばいいのか
そこまでは、教えてくれません。
だから、
書いて → 楽になる → また元に戻る
を、何度も繰り返してしまう。

私自身も、
ずっとこのループにいました。
「ちゃんと向き合っているのに、
なんで変われないんだろう」
その答えを、
誰も教えてくれなかった。

この記事で伝えたいこと
この記事で、
あなたに一番伝えたいのは、これです。
あなたが変われなかったのは、
努力が足りなかったからでも、
意志が弱かったからでもない。
ただ、
“期待する役割”が
違っていただけ。
そして、その勘違いは
あなたにせいでは全くありません。

ここまで読んで、
もし心のどこかで
「じゃあ、どうしたらよかったの?」
「何が足りなかったの?」
そう思ったなら。
その答えを、
これからお話しします。

ここまで読んで、
あなたは今、少し複雑な気持ちかもしれません。
「じゃあ、今までやってきたことって意味なかったの?」
「書いても変われなかった私は、やっぱりダメだった?」
「結局、私の努力不足だったんじゃ…」
もし、そんな考えが
頭をよぎっているなら。
最初に、
これだけははっきり言わせてください。
あなたは、何も間違っていません。

あなたは逃げてこなかった。
向き合ってきた。
辞めたい気持ちを誤魔化さず、
ノートに書いて、考えて、
どうにかしようとしてきた。
それでも変われなかったから、
ここに辿り着いた。
だから、
「私がダメだったんだ」
と結論づけるのは、
まだ早すぎます。

実は、
あなたと同じところで立ち止まっている人は、
想像以上に多いです。
真面目で、
ちゃんと考える人ほど、
この罠にハマります。
なぜなら、
「頑張り方」を間違えているとは、
誰も教えてくれなかったから。

ジャーナリングの本質を知らなかった
最初の原因は、
とてもシンプルです。
ジャーナリングの役割を、
少しだけ誤解していた。
それだけです。

ジャーナリングは、
感情を吐き出し、
頭の中を整理し、
今の自分に気づくためのもの。
あなたが
「書いたら少し楽になった」
と感じたのは、
気のせいでも、思い込みでもありません。
ちゃんと効果があったはずです。

でも、多くの人が
ここで一つの期待をしてしまいます。
「書き続けていれば、
いつか答えが見つかるはず」
「これを続けていれば、
やりたいことが分かるようになるはず」

残念ですが、
ジャーナリングは
“答え”をくれるものではありません。
できるのは、
あくまで「整理」まで。
・今、何にモヤモヤしているのか
・どんな感情を抱えているのか
・どんな思考が浮かんでいるのか
ここまでは、見えるようになります。

でも、
・どう生きたいのか
・何を大切にしたいのか
・何を基準に選べばいいのか
こうした
人生の軸までは、
教えてくれません。

だから、
書く → 楽になる → また戻る
を繰り返す。
これは、
あなたが未熟だからでも、
向き合い方が浅いからでもありません。
ツールの限界を、
誰も教えてくれなかっただけです。

原因②「1人でやる前提」が苦しさを生んでいる
ここから、
少しだけ大事な話をします。
あなたは、
こんなふうに思ったことはありませんか?
「まずは自分で考えなきゃ」
「一人で答えを出せるようにならなきゃ」
「人に頼るのは甘えな気がする」

これ、
真面目な人ほど強く持っています。
でも、
この考え方こそが、
あなたを一番苦しめていたのです。

人は、
自分のことを考えるとき、
必ず“偏り”が生まれます。
無意識のうちに、
・傷つかない答え
・変わらなくて済む答え
・今の自分を守る答え
を選んでしまう。
これは意志の問題ではなく、
脳の防衛反応です。

だから、
一人でノートに向き合えば向き合うほど、
「本当はどうしたい?」
よりも先に、
「こう思われたらどうしよう」
「失敗したら怖い」
が出てくる。

この状態で、
どれだけ真剣に考えても、
答えは“安全圏”から出ません。
それが、
頑張っても頑張っても
人生が動かなかった理由です。

ここで、
一つの事実をはっきりさせます。
自己理解は、一人では完結しません。
これは精神論ではなく、
人の思考構造の話です。
私たちは、自分のことを考えるとき、
必ず「無意識のフィルター」を通します。
・失敗したくない
・否定されたくない
・今の自分を壊したくない
こうした感情は、
意識していなくても自動的に働きます。

その結果、
ノートに書いているつもりでも、
本当に向き合うべき問いから、
少しずつズレていく。

たとえば、
「辞めたい」と書いているとき。
本当は、
「このままの人生でいいのか怖い」
「何も決められない自分が嫌だ」
そんな感情が奥にあるのに、
表に出てくるのは、
比較的“安全な言葉”だけ。

なぜなら、
それ以上深く掘ると、
今の自分が揺らいでしまうから。
これは、
あなたが弱いからではありません。
人間の防衛反応です。

だから、
一人で考え続けるほど、
思考は“慣れた場所”をぐるぐる回る。
新しい視点には、
なかなか辿り着けない。
自己理解が進んだようで、
実は同じところに戻ってくる。
この状態が続くと、
人はこう思い始めます。
「もう少し頑張れば分かるはず」
「まだ掘り下げが足りないだけ」
そして、
さらに一人で抱え込んでしまう。

「たった〇〇やるだけ」で変われるという幻想
この苦しさを、
さらに強めてしまう存在があります。
それが、
世の中に溢れている
「簡単に変われる」という情報です。
「これさえやれば人生が変わる」
「○日で理想の自分になれる」
「たった一つの考え方でうまくいく」

こうした言葉は、
弱っているときほど
強く魅力的に見えます。
それは当然です。
人は、
苦しいときほど
“答え”を早く欲しくなるから。

でも、
ここに大きな落とし穴があります。
それらの情報は、
あなたの背景を一切見ていない。
性格も、
価値観も、
今までの経験も違うのに、
同じ方法を当てはめようとする。
うまくいかなかったとき、
残るのはこの感情です。
「私には向いてなかった」
「私ができなかっただけ」
本当は、
合わなかっただけなのに。

成功実績を並べる発信が生む誤解
もう一つ、
見逃せない存在があります。
それが、
成功実績を前面に出した発信です。
・フォロワー数
・売上
・肩書き
それらを見ると、
自然とこう思ってしまう。
「この人みたいにならなきゃ」
「この通りにやればいいんだ」

でも、
ここでも大切な視点が抜け落ちています。
その人と、あなたは違う。
環境も、
強みも、
大切にしているものも違う。
結果だけをなぞっても、
同じ場所には辿り着けません。

それでも真面目な人ほど、
自分を合わせようとします。
「私が足りないんだ」
「もっと努力しなきゃ」
そうして、
また自分を苦しめてしまう。

ここまでの話を、
一度まとめます。
あなたが変われなかった理由は、
・ジャーナリングの本質を知らなかった
・自己理解を一人でやろうとしていた
・情報の受け取り方を間違えていた
ただ、それだけです。
能力不足でも、
根性不足でもありません。
構造を知らなかっただけ。

もし今、
「だから、あんなに苦しかったんだ」
「私のせいじゃなかったんだ」
そう感じているなら。
それは、
あなたの感覚が正しかった証拠です。
自分を責める必要はありません。
ただ、
やり方を変えるタイミングに来ただけ。
ここまで読んだあなたは、
もう以前と同じ視点では
自分を見られないはずです。
それだけで、
確実に一歩前に進んでいます。

ここで、
もう少しだけ深く掘ります。
なぜあなたは、
ここまで苦しくなるまで
一人で考え続けてしまったのか。
多くの場合、
理由はとても単純です。
「ちゃんと考えている自分」で
いようとしたから。

誰かに頼る前に、
まずは自分で整理しなきゃ。
分からないまま相談するのは、
迷惑かもしれない。
自分のことくらい、
自分で分からなきゃいけない。
この思考、
全部「真面目な人の思考」です。
でも、ここに
大きな落とし穴があります。

一人で考え続けるとき、
人は必ず
“正解っぽい答え”を探します。
本音よりも、
筋が通っていそうな言葉。
感情よりも、
説明できそうな理由。
だから、ノートには
こう書かれていく。
「まだ経験が足りないから」
「もう少し頑張るべき」
「今決めるのは早い」

一見、冷静で前向き。
でも実際は、
決めないための言葉です。
本当は、
もう限界なのに。
本当は、
怖いのに。
本当は、
今のままじゃ嫌なのに。

でも、
それを認めてしまったら
次に進まなきゃいけなくなる。
だから無意識に、
「考えている状態」を
続けてしまう。
これが、
一人で自己理解をし続けた人が
必ずハマるループです。

一人で考え続けてしまう状態が長くなると、
人はある感覚を失っていきます。
それは、
「自分の感覚を信じる力」です。

最初は、
小さな違和感だったはずです。
「なんか違う気がする」
「このままでいいのかな」
「本当は、こうしたいかもしれない」
でも、その感覚はとても曖昧で、
言葉にもなりにくい。
だから私たちは、
その感覚よりも
“分かりやすい基準”を優先します。

周りはどうしているか。
評価されやすい選択はどれか。
失敗しにくい道はどれか。
そうやって、
判断基準が少しずつ
自分の外側に移っていく。
このとき、
多くの人が気づいていません。
「他人軸で生きている」
という自覚すらないまま、
「私はまだ自己理解が足りない」
「もっと考えなきゃ」
そうやって、
さらに一人で考え続けてしまう。

本当は、
答えが出ない理由は
「考えが足りないから」ではありません。
考える方向が、
ずっと外を向いているから。
ここで、
多くの人が陥るもう一つの罠があります。
それが、
“正しそうな情報”に頼りすぎてしまうこと。

苦しいときほど、
人は「間違えたくない」と思います。
だから、
断言してくれる言葉に惹かれる。
「これが正解」
「この方法でうまくいく」
「同じことをすれば結果が出る」
それを信じている間は、
少し安心できます。
自分で決めなくていいから。
迷わなくていいから。
でもその安心は、
一時的なものです。

なぜなら、
その情報は
あなたの人生を
引き受けてはくれないから。
合わなかったとき、
残るのはこういう感情です。
「私には向いてなかった」
「やっぱり私がダメだった」
でも実際は、
あなたがダメだったわけじゃない。
ただ、
あなたの人生に合わない型を
当てはめようとしただけ。

このズレが続くと、
人はだんだん
自分の感覚を信用できなくなります。
「どう感じているか」よりも
「どうあるべきか」。
「本音」よりも
「正解っぽい答え」。
その結果、
何が起きるか。
自分で決められなくなる。
やりたいことが
分からなくなる。
選ぶたびに、
不安になる。

ここまで来て、
ようやく多くの人は
こう思います。
「私、
ずっと自分を見てなかったんだ」
でも、
ここで一つだけ
大切なことがあります。
それに気づけた時点で、
あなたはもう
“同じ場所”にはいません。
自分を責めるフェーズは、
もう終わっています。

この続きとして
次は自然に
・独学の限界を「仕事・人間関係」の具体例で落とす
・「なぜそれでも人は信じてしまうのか」を感情構造で解く
・気づいた人/気づかない人の分岐を描く
という流れに進めます。

仕事でも、人間関係でも、
同じことが起きています。
たとえば仕事。
「まだ実力が足りないから」
「今辞めるのは逃げかもしれない」
そうやって、
違和感を感じながらも
自分を納得させてきた人は多いはずです。
本当は、
仕事内容よりも
「この環境で自分を押し殺していること」が
一番しんどかったのに。

人間関係も同じです。
嫌われたくなくて、
断れなくて、
無理して合わせてしまう。
あとから一人になって、
どっと疲れる。
それでも、
「私の気にしすぎかな」
「相手は悪くないし」
そうやって、
自分の感情を後回しにしてきた。

ここで気づいてほしいことがあります。
あなたは、
判断力がないわけでも、
意志が弱いわけでもありません。
ただ、
自分の感覚を
使う練習をしてこなかっただけ。

独学で自己理解をしようとすると、
どうしても
「分かりやすい答え」を探してしまいます。
でも、
人生の選択は
テストのように
正解が一つ決まっているわけじゃない。
だからこそ、
誰かの答えを借りたくなる。

「この人が言っているなら正しそう」
「実績があるなら間違いない」
そう思ってしまうのは、
不安だからです。
自分の感覚を
信じきれないから。

でも、
他人の人生でうまくいった方法が、
あなたの人生でうまくいくとは限らない。
環境も、
価値観も、
大切にしたいものも違う。
それなのに、
同じ型に当てはめようとすると、
必ずどこかでズレが生まれます。

そのズレを、
人は「努力不足」だと勘違いする。
「もっと頑張らなきゃ」
「まだ足りないんだ」
そうやって、
さらに自分を追い込んでしまう。
ここまで読んで、
もしあなたが
「私も、これを繰り返してきたかも」
そう感じているなら。
それは、
あなたがちゃんと自分の人生を
生きようとしている証拠です。

大切なのは、
「一人で頑張ること」を
やめることではありません。
一人で“決めきろうとすること”を
手放すこと。
自分の感覚を言葉にして、
誰かの視点を通して
確かめていく。
それだけで、
見えなかった選択肢が
少しずつ浮かび上がってきます。

この段階まで来た人は、
もう「戻れない」場所にいます。
周りに合わせて生きることに、
違和感を感じたまま
無理をし続けることはできない。
ここから先は、
「どう変われるか」の話になります。
私自身が、
どこで視点が変わり、
何が決定的だったのか。
そして、
なぜそれが
特別な人だけの話ではないのか。
その話を、
次でお伝えします。

多くの人が、
ここまで読んで初めて
一つの事実に直面します。
それは、
「私はずっと、間違った場所で頑張っていたのかもしれない」
という感覚です。
これまでのあなたは、
決して怠けてきたわけではありません。
むしろ逆です。
・周りに置いていかれないように
・ちゃんとしている人でいられるように
・迷惑をかけないように
常に、自分を後回しにして
「期待される自分」を演じてきた。

でも、その生き方には
一つだけ決定的な欠陥があります。
どれだけ頑張っても、
自分の人生の手応えが
返ってこない。

評価はされる。
感謝もされる。
それなりに「できる人」扱いもされる。
それなのに、
心のどこかがずっと空っぽ。
達成感がない。
納得感がない。
「これでいい」という感覚がない。

この違和感を、
あなたは何度も無視してきたはずです。
「甘えてるだけかもしれない」
「贅沢な悩みなのかもしれない」
「みんな同じように頑張ってる」
そうやって、
自分の感覚を
押し込めてきた。
でも、
違和感は消えません。
なぜならそれは、
あなたの感覚が正常に働いている証拠だから。

本来、人は
自分の人生を生きていれば
どこかで「納得感」を感じます。
不安があっても、
怖さがあっても、
「自分で選んでいる」という感覚がある。
でも、
他人の期待を基準に
選び続けている限り。
その感覚は、
どれだけ頑張っても手に入りません。

ここで、
一つだけはっきりさせます。
他人軸で生きる人ほど、
努力家で、真面目で、優しい。
だからこそ、
この構造に気づきにくい。

そして、
気づいたときには
こう思ってしまう。
「今さら変えるのは怖い」
「ここまで頑張ってきたのに」
「失敗したらどうしよう」

でも、
人生は「積み上げた努力」では
選び直せません。
必要なのは、
正しさではなく“納得”です。
ここまで読んでいるあなたは、
もう薄々感じているはずです。
「このまま戻ることはできない」
「気づいてしまった以上、
同じ生き方はできない」
それは怖さでもあり、
同時に希望でもあります。

なぜなら、
ここが“分岐点”だから。
気づかないまま生きる人と、
気づいて選び直す人。
その差は、
数年後、確実に現れます。
ここで選択を誤る人は、
また「答え」を探し始めます。
・もっと稼げるスキル
・もっと評価される実績
・もっと正しそうな肩書き
そうすれば
安心できる気がするから。

でも、
それをやってきた結果が
今の苦しさだったことを、
あなたはもう知っている。
本当に必要なのは、
何を足すかではありません。
何を基準に選ぶか。

自分は、
どんな状態のときに苦しくなるのか。
どんな瞬間に、心が軽くなるのか。
どんな選択をしたとき、後悔しないのか。
それを、
感覚だけで終わらせず、
言葉にしていくこと。
ここで初めて、
自己理解は
「役に立つもの」に変わります。

一人で考えてきたあなたに
足りなかったのは、
努力でも覚悟でもありません。
視点です。
他人の目ではなく、
自分の感覚を基準に見る視点。
正解ではなく、
納得を選ぶ視点。

この視点を手に入れた人は、
もう以前のように
自分を誤魔化せません。
でもそれは、
不幸なことではありません。
ようやく、
自分の人生を生き始めただけ。

この感覚を持ったまま
次に進める人は、
少しずつですが確実に変わります。
一気に何かが
劇的に変わるわけじゃない。
でも、
選択の基準が変わる。
選ぶたびに、
「本当はどうしたい?」
と自分に聞けるようになる。
その積み重ねが、
人生を変えていきます。

公式LINEでもお伝えしていますが、
今、私は
この自己理解のプロジェクトを本気で作っています。
正直、
軽い気持ちでやっているわけではありません。
自分の人生と、
これまで出会ってきた人たちの悩み、
その全部を背負う覚悟で、
向き合っています。

もし、あなたが今…
「このままの人生で終わりたくない」
「他人軸じゃなく、自分で選べる人生を生きたい」
「本音で決断できる自分になりたい」
そう思っているのなら。
どうか…
私の話を、最後まで聞いてください。
私は、
誰かを無理に引っ張るつもりはありません。
でも、
同じ場所で悩んでいた過去の私と
重なるあなたには、
ちゃんと手を差し伸べたい。

このプロジェクトの詳細は、
近日中にお伝えします。
楽しみにしていてください。
そして、次回の配信では?!
今でこそ
「自己理解」「自分軸」なんて言葉を使っていますが、
かつての私は、
本当にひどい状態でした。
・何がしたいか分からない
・決断できない
・周りと比べては落ち込む
・変わりたいのに、何も変えられない
そんな状態で、
何度も自分を責めて、
夜に一人で泣いていました。
次回は、
そんな“黒歴史レベルの過去”を含めて、
私が
・どこでつまずき
・何を勘違いしていて
・どうやって視点を切り替えたのか
その一部始終を、
包み隠さずお話しします。
いわゆる
「成功ストーリー」ではありません。
迷って、失敗して、遠回りしてきた話です。

でも、
他人の失敗から学べることは、
本当に大きい。
自分で全部痛い思いをしなくても、
避けられる遠回りは、確実にあります。
自己流で
一人で抱え込むよりも、
「視点」を知るだけで、
進み方は大きく変わります。

私の経験が、
あなたにとって
何か一つでもヒントになったなら。
「また一歩、前に進めそう」
そう思ってもらえたなら。
それ以上、
嬉しいことはありません。

どうか、
明日の配信を
一つのプレゼントだと思って
受け取ってください。
次は、
私の人生が動き出した
“本当のきっかけ”の話です。
また、明日。


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